6月のフリーダム

毎年,6月を迎えると教室の名前のせいか普段と違う気分になる。今年は2か月の休業明けだからよけい感慨深い。

レッスン花はレッスン日の夜明け前に仕入れにいくのだが,今回の花材は輸入花だけにした。というのも,緊急事態が緩和されたのは日本だけでなく,ランやトロピカルフラワーの輸出をしている東南アジアもそうだからだ。生徒にはほんの少しでも,他国と共存している感を味わってほしいと思う。WFCのおかげで各国に友人ができ,長年日本支部の連絡係(支部長ともいうが)として各国と連絡を取り合ってきたおかげで,引退した今も交友関係にある。国内を見ると時折,本当に引退したんだなあと寂しく思うときもあるが,サポート役として次世代を応援していきたいと思っている。

誰もが自粛のために住んでいる街で過ごしている。私の住んでいる街は人口も4万ほどの東京からの通勤圏内で,昔は城もあり,それなりのもめごともあったそうだが徳川家との歴史も持つ。現在は,私立大学が1つ,公立高校が2つ,私立高校が1つという田舎にしては文教的であるが,かなり閉鎖的である。ゆえに,井の中の蛙になりやすい。実は私もその一人で,大学に入って5月病になったくらいである。

私は地元の公立学校で育ったがかなり活発的だったと思う。というと学友会や部活動などを想像するだろうが,そうではない。中学校でも高校でも,校則に異を唱え,服装規定を変えたのである。といってもどんな靴下をはいたらいいかという些細なことだが。。。

中学2年の時に始まった。私が入学する2年前にセーラー服からブレザーとジャンバースカートスーツというおかしな制服に変わった。それも紺のブレザーやチェック柄ではなく,色鉛筆の青色一色のスーツでスカートにいたっては幅20センチの箱ひだであった。それだけでも不気味であるのに,靴下は白の三つ折りソックスであった。私立学校のセーラー服に三つ折りソックスという制服はとてもかわいいが,安っぽいサージのよれよれジャケット制服と三つ折りソックスでは,言葉は悪いが田舎臭さ満載である。思春期には美的感覚も養わなければいけないというのは私の持論であった。1年目はどうでもよくて無気力に過ごしたが,2年目に同志をみつけた!彼女とタッグを組み,『ソックス改革』を行った。

同志と私は,民主主義として校則を変えることを誓った。そして校則は生徒が快適に学校生活を送るために存在することを(勝手に)定義した。だから,校内全生徒の統計をとり(ほとんどの女子が三つ折りソックスに反対なのはわかっていた)データとして生徒総会で発表して議会にかけてもらおうと決めた。天は必要なものを与えてくれるものである。ことを進めるためにクラスの女子は全面的に協力してくれた。皆,カッコ悪い制服は嫌だったらしい。男子と言えば,後に国立大学に進学する男子は協力してくれたし,そのほかの男子はどこ吹く風で無関心だった。私たちはウーマンパワー旋風予備軍だったかもしれない。

民主主義案では,数種のソックスをはいたモデル写真をとり,その写真をもって各クラスをまわり,どのソックスが制服に似合うか全生徒の答えを集計するというやり方をとった。先生方が職員室に集まる朝の読書時間が最適だった。モデルになってくれる女子に,三つ折りソックス,白無地ソックス,ワンポイント付きソックス,太いラインが入ったソックス(当時流行っていた)という4種類のソックスをはいてもらい,顔から下写真を撮った。それもブレザーを着たスーツ姿,ブレザーを抜いたジャンバースカート姿両方である。私たちが望んだのは白無地ソックスだから,到底こんなのは許されないでしょ!という流行りソックスをわざと入れた。自由を望んで履きたいからではなく,あくまでも制服に似合ういでたちを主張できると思ったのである。

若いっていいなあと思う。外敵から守られた学校という塀の中で自分の主義主張を唱えることができる。学校側にとっては扱いにくい生徒であったが,彼らのストレス解消の代行でもあったとも思う。功あってか,『ソックス改革』は成功し,翌年からすべての新入生も在校生も三つ折りソックスではなく白無地ソックスをはくようになった。もちろん生徒総会で発表したのは同志であった。彼女のほうが弁も立ったしリーダーの素質があった。後に彼女は国立大学に進学し高校教員になった。私はと言うと,写真の現像代や撮影のためのソックス代を出す役割。。いわゆる材料を整えて,さあ準備開始よ!という立場。こういうのって一生変わらないらしい。。

ちなみに,高校は同志とわかれ,公立の女子校に進んだが,制服規定が同じく三つ折りソックスだったので,仲間がそろった2学年の時,再度ソックス改革(?)を行った。こちらは前年度に勇気ある先輩が『傘改革』(長年の「傘は紺たるべし!」を撤廃して自由な傘!にした。)をやっていたし,担任の先生が40歳過ぎでいらしたけれども中高一貫の女子校卒でおしゃれでいらしたことや,一年留学から帰ってきたばかりとか翌年留学予定のクラスメートがいて,フリーダム意識が強かったので結構楽に進んだ。もちろん,「勉強に服装は関係ないでしょ!」という超まじめな方もおいでだったが…。

こういう活動を自由に行えるのは,田舎の公立学校だからかもしれない。山武地域で最初のフラワースクールであるジューンフローラルは,フラワーアレンジメントへの偏見にかなりであったけれども気にならなかったのは,学生時代からのこういうフリーダムスピリットが残っていたからかもしれない。ただ思うのは,仲間には当然だけれども,闘争相手にも敬意を持たなければ成り立たなかっただろうということだ。そのことは,ガンジーやキング牧師の功績を読んでことさらに感じている。

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